2019年9月 2日 (月)

俺の背中

若い奴らにゃ ごにゃごにゃと
小言なんかを垂れないで
黙って汗水 流している
俺の背中を見せれば良い

浮き足立って夜更けまで
呑んで騒いで踊ってる
奴らなんかにゃ目もくれず
自分のやるべきことをやる

儲けの額が少ないからと
新しいことに移るより
今の仕事を貫き通す
世のために必要だから

仕事の価値は評価とか
華やかさでは測れない
石の上でも3年間
座っていたら分かるだろ

まずは自分が笑おう

前を向いて生きるために
まずは頭をあげよう
他人を笑顔を見るために
まずは自分が笑おう

暗いニュースばっかりで
晴れやかな気持ちにはなれないけど
ひとりひとりの心がけが
世の中を明るくできるはず

 

 

 

 

 

 

 

2019年8月29日 (木)

若者に告ぐ

損得だけで判断するな
勝ちにも負けにもごだわるな
回り道をしたらしたで
得られるものは必ずある

うそをついて その場だけ
切り抜けられたつもりでも
回りまわって 災いが
自分の身に 降りかかる

バカ正直と言われても
疑うことなく信じよう
結果が出ないと言われても
焦ることなく続けよう

真心から発した言葉
だけが相手の心に届く
うわべだけの美辞麗句を
並べてみても仕方ない

目の前の点数稼ぎをするな
注目ばかりを浴びようとするな
立派な心を育んで
模範と言われる人になれ

人間の愚

戦場に行って人の殺し合いをするって
ほんとにやらなきゃならなかったの?

あの子は自ら命を絶つ決断をするまで
なぜ追い詰められちゃったの?

果てしない欲に支配された
人間の心の愚かさよ
反省は活かされなかった
何度も何度も繰り返す

かけがえのない個性を潰されてまで
その無意味な規則を守らなきゃならないの?

最後のひとつが無くなるのがわかってても
採り続けるのをやめなかったの?

果てしない欲に支配された
人間の心の愚かさよ
反省は活かされなかった
何度も何度も繰り返す

 

2019年7月30日 (火)

ゆっくりでいい

裏技なんか使わない
ターボエンジンふかさない
音速旅客機には乗らない
お急ぎ便は使わない

ゆっくりでいいから焦らずに
ただ地道に着実に
信じた向きを定めて
道の真ん中を進もう

千里の道も一歩から
疲れたのなら休めばいい
夜道には日暮れなし
暗くなったら寝ればいい

2019年7月14日 (日)

亀の甲より年の劫

私の人生に秋風が吹いている
身体があちこち痛い 物忘れも激しい
素早く反応することもできない
若いころにはできたのに

 

でも逆にできるようになったこともある
若い人が考えていることはだいたいわかる
自分にもそんなことがあったなあ
いっぺん全力でぶつかったらええねん

 

相手の気持ちに立てるようになった
判断に迷わなくなった
何ごとにも達観できるようになった
亀の甲より年の劫

2019年7月 1日 (月)

岩橋山の呼称由来

関西特有の尊敬語に「〜はる」がある。
使用例:「校長先生が言わはった」
意味:校長先生がおっしゃった
「せんせ ほんまにほんま」 古市カオル作詞・古市哲太郎作曲 
想像するに、これは古語の「おはす」(敬語の「いらっしゃる」の意味)から現代に繋がる表現ではないかと思っている。
使用例:「竹の中におはするにて知りぬ」(竹取物語)
意味:竹の中にいらっしゃることでわかった

ところで、神の依り代である「岩」に対しても、やはり尊敬語を用いる必要があっただろう。
岩橋山(大阪府河南町/奈良県葛城市)の呼称由来について考えていたが、岩が「いらっしゃる」という意味の「いわはし」(いわはせ)が元になっているのではないだろうか。
「いわはし山」は他にもあって、有名なところでは会津の磐梯山がそうである(現代では音読みされているが、地元には磐梯[いわはし]神社もある)。
岩橋山の呼称由来について、役行者と関わる尤もらしい(?)説明がなされている(下記)が、やはり「橋」「梯」という漢字に引きずられた解釈なのではないかと思う。
岩橋山フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より

2019年6月26日 (水)

多賀さんと田中さん

 「神戸の地名由来」(こちら)で、カンベとカンナベが助詞(連体修飾を示す省略可能な格助詞「な」または「の」)の有無の関係にあること、また同様に・・・

 

渡部(わたべ)⇔渡辺(わたなべ)

田部(たべ)⇔田辺(たなべ)

川辺(かわべ)⇔川那部(かわなべ)

 

などが姉妹関係にある地名・姓であること、に気づいた。

 

 芋ヅル式に、他の例を考えてみると、いろいろ出てくる。

 

三尾(みお)⇔箕面(みのお)

瀬尾(せお)⇔妹尾(せのお)

三和・三輪(みわ)⇔箕輪(みのわ)

壬生(みぶ)⇔身延(みのぶ)

須田(すだ)⇔砂田(すなだ)

井本(いもと)⇔稲本(いなもと)

井田(いだ)⇔稲田(いなだ)

三上(みかみ)⇔水上(みなかみ)

水戸(みと)⇔湊(みなと)

香川(かがわ)⇔神奈川(かながわ)

三島(みしま)⇔箕島(みのしま)

佐田(さだ)⇔真田(さなだ)

粟生・阿尾(あお)⇔穴生・穴太(あのお)(関連記事こちら

津田(つだ)⇔角田(つのだ)

 

 それでいくと、多賀(たが)と田中(たなか)は姉妹関係にあるのではないだろうか。

 

「た」のある処=たか・たなか

 

「た」は何だろうか。田中(田仲)姓につられて、当然のごとく「田んぼ」と考えられ勝ちだ。「田んぼの中に家があったから田中さんになった」というのが定説なのだろうが、何か違うような気がしている。

2019年6月17日 (月)

彦根山の山岳信仰

琵琶湖の東には、平野の中に島のように浮かぶ山がいくつもある。たぶんどれも、野洲の三上山(近江富士)のように、かつては山岳信仰の対象だっただろうと思っていた。

現在、彦根城が立つ彦根山の上は、彦根寺という寺があったらしく、築城された江戸時代以降、麓に移されたそうな。現在は北野寺(真言宗豊山派)といい、役行者の木造(室町時代)がある。かつてはやはり山岳信仰の山であったようだ。

かつての山岳信仰の対象だった時代のことは、その後の歴史が上塗りしてしまってているが、おそらく安土城の安土山もそうだろう。繖山には観音正寺(天台宗)が現存し、聖徳太子と関わった由来が伝わっているというが、それ以前からの霊場を仏教寺院に置き換えたものだろう。

190617

北野寺の山門。

2019年6月13日 (木)

【地名ノート】「江」(え)と「吉」(よし)の意外なつながり 〜比叡山から住之江まで〜

   比叡山は卓越した叡智ある、仏教の聖地らしい名前だと思っていたが、元は「ひえ(の)山」と呼ばれていたのを、平安時代の最澄がカッコよく漢字を当てはめたものらしい。その「ひえ山」の礼拝所が日吉大社(ひよしたいしゃ:大津市)である。

 

    「吉」の漢字は「え」と読ませることがかつては多かったと見えて、例えば恵方巻の「えほう」は本来は「吉方」だ。日吉(大社)も元は「ひえ」だったのだろう。

 

    大阪市南部の「住之江」と「住吉」は元は同じらしい。住之江区には「すみえ(墨江)」という地名も残る。当然、「すみえ」が先で、漢字に引きづられて後で出来た読み方が「すみよし」である。私はこれまで、「住」吉の海岸部で住之江だと思っていた(住之江区は1974年まで住吉区の一部だった)が、どうも本来の順序は逆だ。

 

     「すみえ」という地名は、下記のようなところがあった。
住江町(東京都青梅市)
須美江町(宮崎県延岡市)
住江(大分県宇佐市)

 

   このように、「江」と「吉」のつながりが見えてくると、下記の人名・地名も実は兄弟関係にあるのではないかと思えてくる。
江田↔︎吉田
江川↔︎吉川
江本↔︎吉本
江原↔︎吉原

 

   「住吉」が逆転した「吉住」さんもいるが、「吉」を「え」に置き換えた「江住」、さらには「江角」「江隅」という人名もある。中国道にある吉川(よかわ)や、歌手の吉川(きっかわ)晃司さん、なんかも繋がってくるのかもしれない。

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